書きたいこといっぱいあるのに時間がない。すいません千葉テレビもうちっと待ってください(私信)。


さて、水曜にそうっとうムリして「キサラギ」観に行ってきました。ムリしたのはレディースディだったからではなく、木曜はレコメンで金曜は混むからです。こんなにいちにちもはやく観たいと思った映画は久しぶり。先週の土曜にノマディック美術館とはしごしようと豊洲まで行ったのに、その回のチケット売り切れで。


さて、とにかく一切ネタバレができない映画である上に、もうちょっとの予備知識もなしで行った方が楽しいと思うので、ちらっとでも観ようかなーと思っている方はこんなとこ読んでないで観に行ってくださいませ。すべてのアイドルを愛する人にはぜったいぜったい観てもらいたい。でも、アイドルオタじゃない人の反応が気になります。
水曜に観に行って以来ずーっとキーワードを辿って感想巡りをしてるんですが、なぜかというと「一体皆はどのくらい泣いたか」が知りたくてしょうがないからです。私は泣きました。声を出してたわけではないので号泣とは言いませんが、滂沱の涙クラスには泣きました。しかし紹介やら感想やらには「ホロリとさせる」とか「じーんとくる」とか。ちょっと待てそんなもんじゃなかった。私は映画をものっすごい前の方の席で見るのが好きなので、周りの反応がわかんないんですが、でもまぁあんまり泣いてなかった気がします。スクリーンが見えなくなるほどには。


私がそんなに泣いたのは、単に今現在アイドルオタだから。自分でわかってはいます。ちょっとね、元Jr.ファンとしては胸が痛いところがあるんですよ。で、そのあとのあれで! あれでもう涙腺決壊です。結局、ひととしての幸せを願おうと、手の届かない存在であろうと、でも結局の所、ああいうふうにあってほしい、どこかでそう思いながら、私らはアイドルを応援しているんじゃないかな。ファンは。


あと、ユースケ・サンタマリアがかっこよかった。ごめんちょうかっこよかった。ちょうオトコマエだった。静かな演技のときはちょっと科白が平坦かなーと思いましたが、いやもうほんとにかっこよかった。ビンゴボンゴ時代から知ってるけど*1(知ってるから、と言うか)このひとをかっこいいとかハンサムとか思う日が来るとは思わなかった……。


あーダメだ我慢できないから一個だけネタバレ。つっても予告でちらっと映る場面ではありますが。







めずらしく改行なんて入れちゃうよ。もういっぺん書きますが、観ようと思っている方は読まないでください。


5人がオタ芸を打つ姿にグッときました。オタ芸を打つ彼らの気持ちにも、それを滑稽でありながら茶化すでもなく、見事にワンシーンとして表現に取り込んだ演出の手法と優しさにも。
こないだ読んだ「ユリイカ2007年6月臨時増刊号 総特集=腐女子マンガ大系」に、こういう一節がありました。

つまり「商売」というものがはっきりと明確に女を相手にするまでに日本という国ではおよそ一〇年の月日がかかり、さらにちゃんと社会に受け入れられるようになるまでに、二〇年近くの月日が必要だということにすぎない。

p.43 金巻ともこ腐女子業界の今とわたくしとイスカリオテのユダ

ここで話を「ハロプロ」(キサラギとオタ芸から真っ先に連想したもの)と「ジャニーズ」(自分自身がはまっているもの・女アイドルオタの対象のなかで最大手事務所)に限定してしまうと、ジャニーズの方がハロプロより前からありますし、対象を広げても私はトシちゃんと聖子ちゃんのどっちが先かなんて知りません。
ただ、オタ芸を打つ5人を観ながら、ジャニオタではこの映画は作れない、と思いました。そのとき感覚的に初めて、この文章の意味がわかった気がします*2。「文化系女子カタログ」以降、次々と女オタが「発見」されているというか、本人達が嫌がってもスポットを当てているというか、そう言う状況の中で。ジャニとハロのどっちが先であろうと、「オタ」と言う消費にも性癖にも関わるであろう活動の中で、そこに「女」が発見され受け入れられるまでに必要な時間。
ちょっと前に観た「嫌われ松子の一生」でも、ジャニーズとジャニオタがちらりと扱われていました。あのときのジャニーズは、生きる意味を全て失った女の底辺の象徴だったのか、最後のひかりだったのか。おそらくは前者でしょう。むなしさと、哀れさの記号としてのジャニオタ。しかし私はジャニオタの当事者であるため、一周して客観視しようと努力して、その上でそう思っています。それと、ああ言う疑似恋愛のファンて自分含めてあんまり周りにいないからな……。


女オタ版「キサラギ」はまだできない。女オタの扱われ方はまだ、ダ・ヴィンチの「文化系女子としたい」程度のくだらなさです。題材としての物珍しさから、たぶん最初に俎上に上がるのは腐女子かなーと思いますが、最初はきっと、「キサラギ」にはならない。一途ながらも滑稽で、寂しいけど楽しい、そんなファンの姿を(なによりも、オタがオタである以外にも「生活」をしていると言う当たり前の前提をふまえた上で)それのみをおもしろがるのではなくその特性をもってひとつのストーリーとエンタテイメントを成立させるほどの「成熟」は、「乙女ロード特集」の3000歩くらい先にある。


ただ、舞台版「キサラギ」が上演されたのは03年で、と言うことは「電車男」より前なんですね。当事者と表現者以上に、観衆というか「見物人」に、経験、むしろ「飽き」が必要なのかとも思います。

*1:TVKがガンガンPV流してたから

*2:きっちり何年経ったらどうなるとかそんなことはもちろんわかりませんが